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■ 昔の梅田川──私が聞いてきた姿と、少しだけ覚えていること
梅田川は昔からよく氾濫した川だったらしい。
でも当時は警報なんて鳴らない時代で、
「また氾濫したね〜」と近所の人の声で知るような、
そんな“生活の川”。
私自身、梅田川の近く(植田)に住んでいたのはたった1年だけ。
しかもその頃はずっと入院していて、
実際の梅田川の姿を自分の目で見た記憶はほとんどない。
ただひとつだけ、強烈に覚えている出来事がある。
退院した時に、近所の人たちとシジミ獲りに梅田川へ向かう“往き”のこと。
一団がトラックに接触してしまい、私は吹っ飛ばされて一番重症。
そのまま病院へ逆戻りになった。
そのせいで、その年の入学式は母親だけが出席。
私は出席日数0のままスタートした。
幼稚園の制服は、長い間タンスに飾られたまま。
それが、私の“梅田川の記憶”のすべて。
■ 今の梅田川──スマホが大音量で知らせてくる時代
時代が変わると、川の“知らせ方”も変わる。
今はスマホが突然、
ビィィィィィィィィ‼‼
と大音量で鳴り響く。
避難指示、氾濫危険情報、河川水位の通知……
便利になったけれど、あの音はやっぱり怖い。
同じ梅田川でも、
昔は静かに増水して、
今はスマホが大騒ぎして知らせてくる。
その違いを思うと、なんだか不思議な気持ちになる。
■ あの日の記憶──豊川放水路の氾濫
忘れられない日がある。
豊川放水路が氾濫して、青山病院が浸水したあの大きな被害の日。
この辺りでも、梅田川の支流があちこちで溢れて、道路が川みたいになっていた。
そのとき私はブログに
「警報が鳴り響いています」
という記事を書いた。
でも今思えば、あれは“今の時代の警報”の話だった。
■ 記事は消えても、記憶は残る
その記事はブログ整理のときに私が削除してしまった。
写真もなくて、文章だけで書いた“その日の記録”。
でもね、記事は消えても、
あの日の梅田川の姿はちゃんと心に残っている。
■ 梅田川は、私の“原風景”
大雨の日の濁流も、
晴れた日の静かな流れも、
子どもの頃の記憶も、
今のスマホの警報も。
全部ひっくるめて、
梅田川は私の“原風景”。
写真は一枚もないけれど、
心の中にはずっと残っている川。
これからも、時々ふらっと見に行きたくなる、
そんな存在。
■ なんで梅田川を思い出したかというと…
実は私はずっと、
「梅田親水公園のあたりが梅田川の源流なんじゃない?」
と思い込んでいた。
“梅田”つながりで、
てっきりこの近くから流れてくる川だと思っていたんですが……
調べてみたら全然違っていて、
源流は普門寺のあたりで“半尻川”と呼ばれている小さな流れでした。
その話を神石山の記事で見かけて、
「あ、梅田川……」
と一気に思い出したんです。
■梅田川について書いていた文章
「豊橋に梅田川が流れてます。」
私は長〜い長〜い間、湖西の梅田から流れてくるから“梅田川”なんだと思ってたんですが……
実は違ったんです😤
源流は普門寺のあたりで“半尻川”と呼ばれているそうで、
普門寺自然歩道のすぐ横を流れている小さな流れ、
あれが源流なんじゃないかな〜と私は勝手に思ってます。
普門寺から流れ出て、ちょこっと湖西の梅田へ寄り道して、
それで“梅田川”になったのかな?と。
そのあと県境を流れる境川と合流し、
豊橋へ入ったり、また湖西へ戻ったり、
またまた豊橋へ入ったり……忙しい川です。
途中で
精進川、落合川、坪口川、浜田川、西ノ川、内張川
などと合流し、
最後は三河湾へ流れ出ます。
全長は約14km。二級河川。
そして、凄い雨が降ると……
あっちこっちで氾濫します😤
■ブログ移行の話
今「はてなブログ」の記事をワードプレスとBloggerに移行しています。
「神石山」の記事はBloggerに
「梅田川」の記事はワードプレスに貼りました。
読んで頂ければ嬉しいです<m(__)m>

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