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2年前の旅の思い出を再投稿してます
番外編
上社本宮のすぐ隣に、思いがけない場所がありました。
写真を撮りながら歩いていたら、まさかの人物のお墓が…!
🪦 吉良家のお墓との出会い
そこに眠っていたのは、
吉良上野介の長男・綱憲の次男(=上野介の孫) にあたる方。
本来なら上野介の次男が吉良家を継ぐはずだったのですが、
急死してしまったため、
このお孫さんが 養子として吉良家を継いだ という経緯があるそうです。
旅先でこんな歴史の断片に出会うなんて、
本当にビックリしましたΣ(゚Д゚)
しかもこの日は 12月14日。
忠臣蔵の討ち入りの日。
なんという偶然…!
法華寺ここに吉良義周公のお墓がありました






📚 吉良上野介と浅野内匠頭、調べてみました
帰ってから、吉良上野介と浅野内匠頭について調べてみました。
昔から
吉良家は代々三河の名門
農民に優しい政策をした時期もある
でもそれは上野介より前の代の功績が多い
だから・・・「吉良上野介は質素倹約で農民思いの名君」
と聞いていましたが、
どうやらそれは前の代の方々の功績であるようで…
むしろ上野介は逆だったのでは?という説も。
一方の浅野内匠頭は、
幼い頃から苦労し、優秀な人物だったものの、
短気で我儘な面もあった と書かれていました。
(読んだブログには「短気は損気」と…なるほど)
ただ、
「吉良上野介から相当いじめられていた」
という話はどうやら本当らしいです。
歴史は複雑で、
どちらが完全な被害者・加害者とは言い切れませんね。
真実は永遠に謎のまま(((uдu*)ゥンゥン
…でも、ここで気になるのが「じゃあ、なんで上野介は”悪評”なのか?」という点。」
これはもう、忠臣蔵の物語化の影響が100%。
歌舞伎・浄瑠璃・映画・ドラマ
これらが全部、
「悪役:吉良」「正義:赤穂」
という構図で描いてきた。
だから全国的には「吉良=悪い人」
というイメージが定着してしまった。
でも史実では、
・上野介は無茶苦茶な悪人ではない
・むしろ”普通の大名
・赤穂側にも問題があった
・事件の背景はもっと複雑
と云うのが現代の研究の結論に近いそうです。
今年も忠臣蔵、放送されるでしょうか。
🚗 諏訪大社の駐車場情報
そうそう、諏訪大社には 広くて無料の駐車場 がありました。
私は春宮には行っていませんが、
多分そちらにも無料駐車場があると思います。
読んで下さってありがとうございます。
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