『黙過』を読んで考えた“命の優先順位”と異種移植の重さ

下村敦史さんの「黙過」の本 読書感想

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下村敦史さんの「黙過」を読んだ感想です

この記事はネタバレを含みます

「優先順位」

余命わずかとされた昏睡状態の患者が突然姿を消し、
後の章でまるで別人のように健康体で現れる。
この瞬間、私は“あ、この物語は表面だけ追っても理解できない”と感じた。

担当医は後2・3日もつか?と云う「患者の臓器提供と云う意志をかなえてあげたい」と…
肝臓を移植しても意識が戻るか…それよりもその患者の臓器移植で助かる人が多いと…
人の死を望む人はいないでしょうが…身内・知人を助けたいという気持ちはある…!
でも・・・どちら側につくかですネ~~(;´Д`)難しいなぁ~~!
命の優先順位なんて、本当は誰も決めたくないのに…と苦しくなった

「詐病」

パーキンソン病の父親を1年半介護する長男の苦闘!
でも・・・「パーキンソン病の詐病?」…知った長男は憎しみに変わる?
「不正疑惑から逃れるためにパーキンソン病の振りをした?」
マスコミにすっぱ抜かれ…長男は信じられなかった、父親を信じたかった…?

私は母の病気と向き合っていた日々を思い出さずにはいられなかった…
介護のしんどさを知っているからこそ、長男の“裏切られた痛み”が他人事に思えなかった

「命の天秤」

養豚場を非難する組織「ASG」と、豚を育てる側の対立。
私は普段お肉を美味しくいただいているので、正直ピンと来ない部分もありました。

作中では“犬を食べる文化”が例として出てきますが、
もし私が知らずに犬の肉を食べて「美味しい!」と言ってしまい、
後から「それ、犬だよ」と知らされたらどうなるだろう。

豚なら平気で食べるのに、犬だと拒絶する。
この“命の線引き”って、一体どこから来るんだろう…と考えさせられました。

でも、よく考えれば何でも全部「命あるもの」。
植物だってそうですし、それを食べて私たちは生きている。
それは悪なのか…?

“命をいただく”という当たり前の行為を、改めて考えさせられました。

「不正疑惑」

助成金制度の不正をして娘の心臓移植を優先させた?
でも・・・娘の急死により「人間的に赦されないことでした」と遺書を残し、自殺した親友。
一体何があったのか?どうして相談してくれなかったのかと苦しむ小野田。

そんな親友を…「不正疑惑の証拠がある」と突き付けられた小野田は信じられなかった…?
親友の潔白を晴らすためにフリーライターに付き合う。

「究極の選択」

・・・私(じぇいのん)ならどちらを選ぶ?
豚の細胞を注入する・・・拒否する?

苦しんでいた母を看てたから…それで治るならと賛成しただろうなぁ~~?
でも・・・自分の立場なら正直どうするかなぁ~~?

美味しい美味しいと食べても…直に細胞を注入するのは確かに抵抗がありますねぇ‽

この本は異種移植をテーマになっています

つまり、豚の臓器を人間に移植するというものです。

実は、心臓の弁移植では1965年から豚の弁が使われているんですよね❣
そう思うと、もうすでに”身近な医療”の一部になのかもしれません。

でも、臓器そのものを移植するとなると…
人体実験なのか臨床試験なのか、その境界が曖昧で怖くも感じました。

究極の選択を迫られたら、私も異種移植にすがってしまうのかもしれないなぁ…
そんなことを考えながら読みました。‽

読んで下さってありがとうございます。

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